「そうかしら、そうじゃない人もいると思うけれど。」
コーチはそう言ってカフェオレをひとくち飲み、ちらと私の目を見ました。
それから、手帳の隅に何かちょこちょこと書き込むと、
「長谷川さんは、何年英語を勉強されたのですか?」
「えーと、まず中高で6年間、さらに大学では英文科だったのでそこで4年間、
イギリスで一年、そして帰国した今も、細々と勉強を続けています」
「立派な経歴じゃないですか!じゃあすでに10年以上もお勉強されているん
ですね」
「でも、TOEICの点なんてまだまだ足りないし、発音だってネイティブみたいには
うまくできないし…」
「実はね、私も英語を勉強しようかと思っているのよ」
コーチはいたずらっぽく微笑みました。
「え、英語…コーチが、ですか?」
「そう。将来、ハワイに住みたいから(笑)。たとえばね、こういうカフェとかに
来て、コーヒーを注文するとするでしょう?コーヒーをくださいって、なんて言え
ばいいのかしら、えーと…」
「そうですね、《I would like a cup of coffee》でしょうか」
「あ、そうそう、それよ!あなた、とっても発音がきれいねぇ。
私だったら、 あなたみたいな人に習いたいわ。だって、いきなりネイティブの先生
に習ったって、 ちょっと緊張するじゃない?それに、日本人の先生になら、安心し
て文法のことを 訊くこともできるし。日本人同士だからこそ、分かってもらえる
部分もあるし」
ぽかんとしている私に、コーチは続けて
「確かに、あなたは日本人だし、ネイティブでも帰国子女でもない。
だけど、一生懸命英語を勉強されて、うんと苦労したり、留学中にはつらいこと
も あったでしょう。それに、一年間という短い時間で、たくさんのことを 吸収し
て帰ってこられたのでしょう。
そんなあなただからこそ、日本人の学習者の気持ちがわかるんじゃないですか?
そして的確なアドバイスをしてあげられるんじゃないですか?
ネイティブじゃない、帰国子女でもない、日本人であるということが、
長谷川さんにとって最大の強みなんじゃないですか?」